キリストの海上歩行、マルコ福音書の記事です。
「イエスは、弟子たちが向かい風のために漕ぎあぐねているのを見て、夜明けが近づいたころ、湖の上を歩いて彼のところへ行かれた。そばを通り過ぎるおつもりであった。」
これは弟子たちを無視して、悪戯に通り過ぎるということではありません。実は、これと同じ言葉が旧約聖書では、神の顕現を現す慣用句のように用いられています。神が通り過ぎるときとは、神の顕現、神との出会いの決定的瞬間のことだったのです。 聖書は聖書で理解します。御言葉を確認しておきます。
出エジプト記の33章、主はモーセに顕現されました。モーセが「あなたの栄光を見させてください」と祈ったとき、主は答えました。「わたしの栄光が通り過ぎるときには、わたしはあなたを岩の裂け目に入れる。わたしが通り過ぎるまで、この手であなたをおおっておく。わたしが手をのけると、あなたはわたしの後を見るが、わたしの顔は決して見られない。」 そして34章には、「主は雲の中にあって降りて来られ、彼とともにそこに立って、主の名を宣言された。主は彼の前を通り過ぎるとき、こう宣言された。『主、主は、あわれみ深く、情け深い神。怒るのに遅く、恵みとまことに富み…』」とあります。この神の顕現は、かたくななイスラエルの民が金の子牛を礼拝するという、怖ろしい罪を犯した直後に与えられました。イスラエル共同体という舟に逆風が押し寄せている只中で、主はモーセのそばを通り過ぎ、御名を宣言されたのです。
もう1ヶ所、列王記第一の19章で、主は預言者エリヤに顕現されました。バアルの預言者との戦いに勝利し宗教改革をもたらしたエリヤでしたが、女王イゼベルが彼の命を狙いました。逃亡者となり、意気消沈しているエリヤに主が現れてくださる場面です。「主は言われた。『外に出て、山の上で主の前に立て。』するとそのとき、主が通り過ぎた。」ここにも「主が通り過ぎた」と書かれています。そして、「主の前で激しい大風が山々を裂き･･･」と続きますが、風の中にも、地震にも、火の中にも主はおられなかった。「火の後に、かすかな細い声があった。」主はその声によって、すなわち言葉によって、エリヤに現れてくださいました。神ご自身を現す言葉、それは御名です。主は迫害という逆風に悩まされ、意気消沈していたエリヤのそばを通り過ぎて言われたのです。
ですから、マルコは、イエスが「そばを通り過ぎるおつもりであった」と書くことで、イエスこそ、モーセのそばを通り過ぎた、エリヤのそばを通り過ぎた方であったことを、私たちに伝えたかったのです。なぜなら、それこそ、「パンのことを理解せず、その心が頑なになっていた」弟子たちに、イエスが伝えたかったことだからです。この焦点がボケてしまわないように、マルコも、そしてヨハネも、ペテロの出来事を省いて、読む人の目をキリストに向けさせたのです。ヨハネは言います。「これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるためであり、また信じて、イエスの名によっていのちを得るためである。」
