土の器

宮本牧師のブログ

ヨナとニネベの人々と私

7月のオープン礼拝
メッセージ「ヨナとニネベの人々と私たち」
聖書 マタイの福音書12章38−41節
マタイの福音書シリーズ(73)

マタイの福音書は12章から、安息日に関する論争をきっかけに、イエスと宗教指導者たちとの対立の構図を鮮明に描き始めました。今日のテキストも、そこから始まった新たな論争と対立の一幕です。律法学者とパリサイ人のうちの何人かがイエスに言いました。「しるし(確かな奇跡)を見せていただきたい。」コリント人への手紙の中で、パウロも「ユダヤ人はしるしを要求し」と記していますが、神の選びの民であるユダヤ人にとって、神から遣わされたという人に対して、しるしを要求するのはある意味、当然のことでした。しかし、この日、イエスのもとに来た宗教家たちがしるしを要求したのは、信じるためではなかったのです。安息日の論争に続き、ベルゼブル論争であっけなく論破された彼らが、「しるしを見せていただきたい」と言っても、それで信じられるとは思えません。かえって、言いがかりをつけ、イエスを失脚させる材料を得るために、「もっと奇跡を」と言っている様な感じがします。イエスも彼らの悪巧みをご存知でした。そこで「悪い、神に背いた時代はしるしを求めますが、しるしは与えられません。ただし預言者ヨナのしるしは別です」と言われたのです。「預言者ヨナのしるし」とは、「ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるのです」とあるように、イエス・キリストの死と復活を指しています。これが神から私たちに与えれている唯一のしるしなのです。

今週も礼拝の恵みに感謝。

 

接ぎ木

イエスはパリサイ人たちの言葉による中傷を厳しく戒め、それは悪い心の思いから出てくるもので、「人は、口にするあらゆる無益なことばによって、さばきの日に申し開きをしなければなりません」と警告されました。
ある人がこのテキストから「甘柿と渋柿の法則」ということを教えていました。私たちは、心にあることを言葉や行動を通して外に表します。つまり内側にあるものが外側に現れるということです。柿の木を思い出してください。ある木には渋柿がなり、ある木には甘柿がなります。似たような木なのに、なぜ結果がちがうのでしょう。その理由は、木が持っている性質にあります。渋柿の性質をもっている木には渋柿が、甘柿の性質をもっている木には甘柿がなるのです。
残念なことに、生来の私たち(罪に支配された私たち)は渋柿のようです。アダム以来、人の心の内側には苦々しい思いが満ちていて、そこから悪い考えが出てきます。それでも私たちは良い人であろうと努力し、良い人を演じます。でもメッキはいつか剥がれるものです。どんなに外側を取り繕ってみても、内側が変わらなければ、渋柿は渋柿のままです。では、どうしたらいいのでしょう。私たちは甘柿にはなれないのでしょうか。山本周五郎さんが書いた『赤ひげ診療譚』の中にこんな一節があります。「毒草から薬を作り出したように、悪い人間の中からも善きものを引き出す努力をしなければならない。」赤ひげ先生が悪人を助けることに何かが間違っていると疑問を抱く場面で語られる言葉ですが、イエス・キリストは、私たちの内側にある悪の根を断ち切り、自らのいのちを接ぎ木することで、私たちのうちから善きものを引き出そうとされたのです。パウロは言いました。「だれでもキリストにうちにあるなら(キリストに接ぎ木されるなら)、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」

 

少女よ、起きなさい

今週も祈祷会を大切に。御言葉をシェアします。
マルコの福音書5章35−36,41節

会堂司ヤイロが危篤の娘のためにイエスの前にひざまずく姿は、私たちに執り成しの祈りを教えます。愛する者が瀕死の状態にある時、私たちはどうすればよいのでしょうか。
今週は、アンコール合唱団の来日公演を前に、8月にもたれる全国中高生大会で取り組まれるリバイバル・メッセージ「少女よ、起きなさい」に取り組みました。

甘柿と渋柿の法則

礼拝メッセージ「甘柿と渋柿の法則」
聖書 マタイの福音書12章33−37節
マタイの福音書シリーズ(72)

イエスは安息日に右手の萎えた人を癒やした後、多くの病人が癒やされました。ある時、悪霊につかれて目が見えず、口も聞けない人が癒やされました。群衆が驚いて「もしかすると、この人がダビデの子ではないだろうか」と言い始めたのです。すると、パリサイ人たちはそれを躍起になって否定し、イエスの奇跡は、悪霊のかしらベルゼブルによるのだと言い出します。イエスはそれを一蹴し、彼らの主張の間違いを指摘し、「わたしが神の御霊によって悪霊を追い出しているなら、もう神の国はあなたがたのところに来ているです」と宣言されました。その上で、神の御霊の働きを悪霊のしわざであると難癖をつけてきたパリサイ人たちの罪について、その罪は「この世でも次の世でも赦されない」と、厳しい言葉で戒めらました。
こんなパリサイ人たちとのやり取り、彼らの一連の発言とその態度を受けて、33節以下の言葉が続きます。「木が良いとし、その実も良いとするか、木が悪いとし、その実も悪いとするか、どちらかです。木の良し悪しはその実によって分かります。」
今週も礼拝の恵みに感謝。

 

昨日6月26日は聖イエス会の創立者、大槻武二牧師(1906-2004)の生誕120年の記念日でした。大槻先生の自伝に次のように書かれています。
「見わたすかぎり奥丹波の田園は、稲苗がみごとに植え付けられ、初夏の強い太陽の光線をいっぱいに受けて緑色に映え、山の木々は新緑に萌えいで、生きとし生けるものみな生の歓喜を歌うころ、時は1906年6月26日、かかる季節のもとに、私は呱々の声、生の歓喜の第一声をあげたのである。」(『若き日の大槻武二』)
綾部市白道路の大槻先生の生家のすぐ近くに極楽寺というお寺があります。そこに咲く大賀蓮は2千年の眠りから覚めた蓮の花として知られていますが、大賀蓮のことをご存知ですか。1952年(昭和27年)のこと、関東学院大学の教授であった大賀一郎博士は、千葉県検見川遺跡を発掘調査中、地下6メートルの泥炭層で二千年前のものと思われる蓮の種を発見し、その種から花を咲かせることに成功しました。キリストの時代に咲いていたその花は、大賀蓮と呼ばれるようになりました。
種というものは小さく、まるで死んだように見えますが、その種の中には命が宿っているのです。しかし、その種も大賀博士と出会わなければ、いつまでも深い泥の中に埋もれたままだったかも知れません。私たちの内に与えられている御名も同じです。復活であり、命であるキリストとの出会いによって、神の種が復活し、みごとな花を咲かせますように。
余談ですが、大賀博士は、あの内村鑑三の弟子で、札幌農学校で植物学者であったクラーク博士から学んだ内村鑑三に植物学の道に進むように勧められたそうです。大賀博士の墓には次のような言葉が刻まれています。「ハスの花に神の栄光をたたえて。大賀一郎、ここに眠る。復活のラッパの鳴らん時まで」

 

われらの父は生きている

今週も祈祷会を大切に。御言葉をシェアします。
ヨシュア記1章5−9節

イスラエルに「Am Yisrael Chai」という歌があります。「Am Yisrael Chai(イスラエルの民は生きている), Od Avinu Chai(われらの父は生きている)」というフレーズがくり返し歌われる曲です。
明日は聖イエス会の創立者である大槻武二牧師の生誕120年の記念日にあたります。大槻牧師は今から22年前、98歳で召されるまで、小さな群れを導いてくださいました。先日、新しくなった大槻武二記念館を見学しましたが、私たちはしばしば大槻牧師のメッセージを聞き、その姿を映像で見、その教えを大切に継承したいと願っています。
記念日を前に、私たちの霊の父が私たちの内にいつまでも生き続けてくださるように祈りました。

 

悩みからの救い

チャペルコンサート(音楽礼拝)
メッセージ「悩みから救ってくださるイエス」下谷潔人先生
聖書 マタイの福音書11章28節、ローマ人への手紙10章13節

今日は大東市にある城東教会からひこばえ聖歌隊の皆さんをお迎えしてのチャペルコンサート(音楽礼拝)でした。聖歌隊の皆さんの歌声が会堂いっぱいに心地よく響き、そこに集まった一人ひとりの上に神の恵みが注がれているようでした。ベテランの皆さんが少年のような顔をして賛美している姿に心を打たれ、私も歌いたいと思わされました。幸いな出会いも与えられ、感謝はひと時でした。
今週も礼拝の恵みに感謝。

傷んだ葦、くすぶる灯芯

イエスが安息日に会堂に入ると、そこに片手の萎えた人がいました。医者であったルカは、その萎えた手が「右手」であったと注意深く記しています。伝説によると彼は石工であり、左手にのみを、右手にハンマーを持って生計を立てていましたが、その大切な右手が使えなくなってしまったのです。彼は、萎えた右手をぶら下げ、会堂の隅に立ち、ため息をついていたのではないでしょうか。憐れみ深い主は、彼を会堂の真ん中に招き、萎えた手を元どおりにしてくださいました。息の詰まる思いでそこに立っていた彼にこそ、真の安息が必要であったのです。
マタイはその日、多くの病人が癒やされたことを記録した上で、ザヤ書42章に記された「しもべの歌」を引用し、「これは、預言者イザヤを通して語られたことが成就するためであった」と伝えています。「見よ。わたしが選んだわたしのしもべ、……彼は……傷んだ葦を折ることもなく、くすぶる灯芯を消すこともない。……異邦人は彼の名に望みをかける」と。
神学校に入学してから夏休みまでの数か月、眠れぬ夜を過ごしたことがあります。周りのみんながすばらしく見え、自分だけが罪深く、何のとり得もなく、使いものにならないように思えたからです。息の詰まるような毎日……。夏休みに帰省し、母教会の先生にそんな話をしました。9月になり、2学期が始まった頃、母教会の先生から1枚の誕生日カードが届き、「楽に呼吸をしていますか?」と書かれていました。自分ではどうにもならない現実に今にも折れそうになっていた私でしたが、その一言で肩の力が抜け、もう一度、十字架を仰ぎ見て、主の安息を得ました。
イエス・キリストこそ、傷んだ葦を折ることなく、くすぶる灯芯を消すこともない憐れみ深い安息日の主です。