土の器

宮本牧師のブログ

信仰の薄い者よ

パンの奇跡に続き、弟子たちだけが見たこの奇跡は、マタイとマルコの福音書にも記録されていて、それぞれに特徴があります。ペトロが湖の上を歩いたことを書いたのはマタイだけです。マタイは、ペトロが海の上を歩いたこと、嵐を見て沈んでしまったことを、そしてイエスが手を伸ばしてペトロを助け、二人で舟に乗り込まれたことを記し、物語を次のようにまとめました。「舟の中にいた人たちは、『本当に、あなたは神の子です』と言ってイエスを拝んだ。」 ガリラヤ湖に沈んだペトロが見上げたキリストの絵は面白いアングルです。ところで、溺れかけているペトロをつかみあげたというのですから、かなりの力で捕まえられたことが想像できます。イエスはペトロのどのあたりを捕まれたのでしょうか。手のひらだったでしょうか。手首、それとも腕。それがどこであったとしても、舟に戻ったペトロの手にはイエスの手の跡が残っていたことでしょう。数日間消えなかったかも知れません。それはあざとなり、生涯消えなかったかも知れません。ここにイエスのリアリティーがあります。イエスの手の跡を見る度に、ペトロは海の上で聞いた「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」という言葉を思い出したことでしょう。それは叱責の言葉ではなく、「どんな時にも私を信じてほしい。私に信頼してほしい」という、ペトロへのメッセージだったのです。そして、きょうも、暗闇の中、逆風に悩まされ、漕ぎ悩み、もう溺れそうになっているあなたへのメッセージなのです。 ところが、こんな素晴らしいメッセージを、ペトロの海上歩行と救出の物語を、マルコもヨハネも書いていません。不思議です。しかし、マルコもヨハネも、イエス海上歩行の奇跡における一番大切なことを私たちが見落とさないように、あえてペトロのことは省いたのではないでしょうか。もしペトロの話を書けば、そのことに注目が行きます。それが悪いわけではありませんが、ここで一番大切なことはもっと別にあったのです。それは・・・ 今週も大切なことを大切に。