イエス・キリストが十字架にかけられる前夜、最後の晩餐の席でのことです。イエスは自分に残されている時間が少ないことを強く意識しながら、その時間を大切に使われました。まず弟子たちの足を洗い、身をもって愛と謙遜の模範をお示しになりました。そして、ユダが出て行くと、「人の子は栄光を受けた」と前置きされ、弟子たちに「新しい戒め」を語られました。
ここで語られた「新しい戒め」とは何でしょう。聖書に出て来る「戒め」とは、第一義的には旧約聖書の律法を指す言葉です。天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない、これを書き損じても、書き足してもいけないと言われる神の律法に、まるで新しい1行を書き加えるかのようなイエスの発言です。
その内容は旧約の律法のすべてを集約していました。ある時、律法の専門家がイエスのもとを尋ねて来た話を覚えていますか。彼は「律法の中で、どの戒めが最も重要でしょうか」と尋ねます。イエスは「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の戒めである。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』律法全体と預言者は（つまり旧約聖書は）この二つの戒めに基づいている」とお答えになりました。神を愛し、神に愛されている自分を愛し、その愛で他者を愛すること。これを三つの愛と言います。
それを集約して、イエスは「新しい戒め」を語られました。「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」
ここには2つの新しさがあります。1つは「わたしがあなたがたを愛したように」という愛の標準です。もう1つは、愛の対象が「隣人」ではなく、「互いに」なった点です。「隣人」という場合、隣人は私から見て隣の人。いつも出発点が私ですが、「互いに」という場合は、私とあなた、両者を指しているので、出発点は私たちになります。つまり、私と他者という考えを超えて、私たちと考えて生きるということです。
十字架の死を目前にして、イエスが直々に命じられた新しい戒め（命令）は、イエスが愛したように、私たちが互いに愛し合うこと。これに聖書全体がかかっているというのです。
