土の器

宮本牧師のブログ

105歳まで生涯現役医師を続けられた日野原重明先生と音楽評論家の湯川れい子さんが音楽療法に関して語り合った内容が『音楽力』という本にまとめられています。最後のページに、「音楽は心にも体にも万病に効く」「音楽は副作用のない生薬である」「音楽は海よりも深い」「音楽は音学ではない。音を楽しむものである」「音楽は愛である」と書かれていました。

聖書の中でもさまざまな場面で音楽が登場しますし、聖書が伝えるメッセージを、キリスト教の専門用語では「福音」と言いますが、幸福の音と書きます。ゴスペルという言葉も同じ意味です。福音、それは良き知らせです。

ところで聖書の中で、神様の声を別に、最初に「音」が登場するのは、創世記3章です。それはアダムとエバが禁断の木の実を食べ、エデンの園を失う場面で、人類の罪の始まりが描かれている箇所なのですが、こう書かれています。

「その風の吹くころ、彼らは、神である主が園を歩き回られる音を聞いた。それで人とその妻は、神である主の御顔を避けて、園の木の間に身を隠した。神である主は、人に呼びかけた。『あなたはどこにいるのか。』」

神は、神との約束を破り、禁断の木の実を食べたアダムとエバを叱るために園を歩き回ったのではなく、彼らがいるべきところにいなくなったので、心を痛めて探し回られたのです。その足音が、聖書が私たちに伝える最初の「音」でした。

今日も「あなたはどこにいるのか」と優しく語りかけてくださる神様の足音が皆さんに近づいています。その音を聞くとき、きっと新しい歌が生まれるでしょう。