土の器

宮本牧師のブログ

最期について

聖書はモーセの死を告げますが、その死は死で終わりません。キリストの生涯で特筆すべき出来事の一つ、変貌山の記事の中にモーセが再び登場するのです。ルカによる福音書の9章を開いてください。 9:30 見ると、二人の人がイエスと語り合っていた。モーセとエリヤである。 9:31 二人は栄光に包まれて現れ、イエスエルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた。 ここに登場するモーセは律法を、エリヤは預言者を代表する人物で、この二人は旧約聖書全体を表しています。「二人は栄光に包まれて現れ、イエスエルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた」とあります。三人が語り合っていたサミットの内容は、イエスエルサレムで遂げようとしている最期についてでした。興味深いことに、この「最期」という言葉は、「エクソダス」というギリシャ語で、あの出エジプトの出来事を指す言葉です。 そうです。旧約聖書を代表するモーセとエリヤは、イエスの十字架こそ、罪の奴隷となっている全人類を解放し、永遠の救いをもたらす、新しい出エジプト希望の国への栄光への脱出であることを、イエスと確認していたのです。そればかりではありません。そのすばらしい贖いの効果は、人を罪から救うということに止まらず、やがて朽ち行く私たちの肉体をも、栄光から栄光へと主と同じ姿に変えていく大いなる救いであることを、モーセとエリヤは存在そのものを持って証明していたのです。何とすばらしい救いではないでしょうか。 次の日曜日も人数制限をしての分散礼拝です。 教会は初めてと言われる方は予約が必要です。ご連絡ください。