メッセージ「あなたがたは地の塩です」
聖書 マタイの福音書5章13-16節
マタイの福音書シリーズ(21)
8回に分けて「山上の垂訓」の初めに記されている「八福の教え」を学びました。原文では「さいわいなるかな」という言葉で始まる「八福の教え」は、私たちが普段考えている幸せとはちがう、天の御国における祝福、天国に生きるために召された人のコモンセンス(常識・共通感覚)であると学びました。このその八福の教えを受けて、その祝福に生きる人のこの世における使命、役割についての教えが続きます。イエスはここで「塩」と「光」という2つの題材を用いて、それを説明しています。「光」に関するメッセージは度々聞いてきたと思いますが、「塩」に関するメッセージはそれほどではないでしょう。まず、イエスが「あなたがたは地の塩です」と言われた時代の、塩の価値、特徴、役割について考えてみましょう。
イエスの時代、塩は高価で貴重なものでした。古来、世界には塩を巡って戦争が行われた歴史があるほど塩は貴重なものでした。また古代ローマでは兵士への給料の一部として塩が支給されていました。英語で給料を「サラリー」と言いますが、その語源はラテン語の「サル」で塩を意味します。塩にはお金と同等の価値があったのです。現代では、塩が大量生産されるようになり、安価で手に入りやすくなったので、イエスの時代のように塩が貴重で高価なものだとはなかなか思えないのですが、イエスが「あなたがたは地の塩です」と語られた時、当時の人たちには、まるでイザヤ書43章4節のように聞こえたのかもしれません。「わたしの目に、あなたは高価で尊い。」イエスは、「地の塩になりなさい」とか「地の塩になれるといいですね」と言われたのではありません。イエスを信じ、イエスに従い、いまイエスのもとに集まっている一人ひとりに対して、「あなたがたは地の塩です(わたしの目に、あなたは高価で尊い)」と言われたのです。