体を備えてくださいました
ヨハネ福音書のクリスマス・メッセージです。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。」
受肉の神秘を伝える「わたしたちの間に宿った」という言葉は、本来「天幕を張る」という意味です。昔、荒野を旅するイスラエルの民の中心に「臨在の幕屋」と呼ばれる特別な天幕がありました。その天幕が完成した日のことが、出エジプト記の最後に記されています。「雲は臨在の幕屋を覆い、主の栄光が幕屋に満ちた」と。ですから、ヨハネは、あの日、イスラエルの民の間に宿った神の栄光が、イエスの肉体という幕屋の中に宿り、私たちの間に住まわれたのだと言っているのです。なぜ?でしょうか。
ここに聖書は伝える「贖罪」という大切なメッセージがあります。聖書は「キリストは私たちのために生まれ、私たちの罪を背負われた」という事実を一貫して語り続けるのです。愛である神は、人類の救いのために人となる必要があり、十字架の上で私たちのために死ぬ必要があったのです。ヘブライ人への手紙にこう書かれています。「キリストは世に来られたとき、次のように言われたのです。『あなたは、いけにえや献げ物を望まず、むしろ、わたしのために体を備えてくださいました。あなたは、焼き尽くす献げ物や罪を贖うためのいけにえを好まれませんでした。そこで、わたしは言いました。「ご覧ください。わたしは来ました。聖書の巻物にわたしについて書いてあるとおり、神よ、御心を行うために。」』」人類救済という神の願いを実現するために、キリストはこの世界に来られたのです。これがクリスマスの真実です。
今週も大切なことを大切に。