土の器

宮本牧師のブログ

何を求めているのか

「何を求めているのか。」これが、ヨハネによる福音書におけるイエスの第一声です。きっとどの福音書でも、イエスの第一声には力が込められていると思います。福音記者たちは、イエスの第一声を筆を握り直して、少々緊張しながら、したためたにちがいありません。イエスが最初の弟子となるこの二人のガリラヤの漁師たちに語られた「何を求めているのか」という問いかけは、この後、ヨハネ福音書全体を通して、絶えず私たちに投げかけられる問いかけになります。 二人は、イエスの質問に対して、質問で答えています。これはユダヤの論法です。「先生、どこに泊まっておられるのですか。」この時点で、彼らはまだ自分たちが何を求めているのか、実際にはよくわかっていなかったかもしれません。しかし、イエスの泊まっている場所に、彼らの求めているものがあったのです。この「泊まる」という言葉が、やはり「メノー」というギリシャ語で、「留まる」「つながる」というヨハネこだわりの言葉です。イエスは彼らの求めに答え、「来なさい。そうすればわかる(Come and See)」と言って、彼らを招かれます。ある本に、その頃イエスは粗末な仮庵に泊まっていたと書いてありましたが、イエスは地上にも仮りの宿を持っておられました。しかし、ご自分の本当の住まいを天に持っておられたのです。そして、地上にある間も、父なる神との不断の交わりにおいて、いつも天に留まっておられました。ですから、イエスが「来なさい。そうすればわかる」と言われた時、イエスは彼らをそこに導くことができたのです。 今週も大切なことを大切に。