土の器

宮本牧師のブログ

ちいろばの女房

ヨハネ福音書に「なつめやし(他の訳では「しゅろ」)の枝を持って迎えに出た」と書かれていることから、キリストのエルサレム入城の日を、「しゅろの日」と呼びます。他の福音記者たちは「木の枝」とだけ記し、それが「しゅろの枝」であったというのはヨハネの視点であり、感性です。 その日、人々の興奮は尋常ではありませんでした。それは、ファリサイ派の人々が、「何をしても無駄だ。世をあげてあの男について行ったではないか」と言うほどでした。この場面を、マタイは、「大勢の群衆が自分の服を道に敷き(これは新しい王に対する服従の姿勢です)、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ」と記し、ルカは、ファリサイ派の人々がこの大騒ぎにクレームを付けると、イエスが「もしこの人たちが黙っていれば、石が叫びだす」と言われたことを記録しています。群衆は賛美せずにはいられなかったのです。「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ」と。 ところで、ヨハネが記した「なつめやし」、すなわち「しゅろ」の枝とは、ギリシア語ではフォイニクスと言いますが、それはフェニックス(不死鳥)という言葉です。葉のかたちが鳥の羽に似ていたからでしょうが、その名が示す通り、それは復活と勝利のシンボルです。ヨハネは後に、黙示録の7章において、再びなつめやし、しゅろの枝を振る群衆の姿を描いています。あの14万4千人のイスラエルの救いが語られたすぐ後のところに描かれる天国の礼拝の光景です。「この後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から集まった、だれにも数えきれないほどの大群衆が、白い衣を身に着け、手になつめやしの枝を持ち、玉座の前(神)と小羊の前に立って、大声で叫んだ。『救いは、玉座に座っているわたしたちの神と、小羊とのものである。』」 さあ、私たちもこの天国の礼拝、新しいしゅろの日の喜びに、だれにも数えきれないほどの大群衆に加わって参加しようではありませんか。磔にされ、茨の冠をかぶせられた王、私たちの罪の罰を受け、身代わりの死を遂げてくださったこの王こそ、罪と死を打ち破り、三日目に不死鳥のごとくよみがえられた生ける主です。「こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が『イエス・キリストは主である』と公に宣べて、父である神をたたえるのです。」アーメン。 「ちいろば」先生、榎本保郎牧師のことを覚えていますか。先生は、自分のことを小さなろばの子、略して「ちいろば」と呼びました。その榎本先生の奥様、榎本和子さんが「ちいろばの女房」という本を出しておられます。本の最後にこんな文章があります。 「これまでの人生で、私はちいろばの女房としての勤めを果たせたのか、時々考えます。至らぬ妻だったなあと思わずにはおられません。しかし、今思うことは、私も『ちいろば』になりたい、ということなのです。ずっと保郎のようにはなれないと思っていましたし、今でもそう思います。でも私は保郎にならなくてもよいのです。私は私らしく、ちいろばとなりたい。神様のお役に立ちたい、そう思うのです。」 イエスエルサレム大行進は続いています。そして、ゴールはもうすぐです。私も私らしく、ちいろばとなりたい。神様のお役に立ちたい、そう思うのです。