土の器

宮本牧師のブログ

いつかそのうちに

私たちはよく「いつかそのうちに」と思ったり、考えたりします。時を待つという意味では、これは賢明な答えかもしれません。しかし、ベトザタの池の病人はあまりにも長く待ちすぎました。箴言13章12節に「期待が長引くと心は病む」と書かれていますが、彼の根深いなかなか治らない病気とは、期待が長引くうちに、いつかそのうちにという、確信のない、無気力で、煮え切らない信仰に落ち着いていたことと無関係ではなかったようです。 しかし、彼の状況を一変するイエスの権威と力に満ちた言葉が響きました。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」大切なことは、神の子の声を聞いて、いま起き上がることです。神学生の頃、ある牧師が「何時かとは何時のことでもない」と語られた言葉を思い出します。いつかそのうちに、という時はないのです。信仰はいつも今です。ここで、イエスが命じられた「起き上がりなさい」という言葉は、死から命に移される大きな一歩を表す特別な言葉です。今の今、男は信仰の眼差しをもって、イエスにおいて目の当たり神の子と出会いました。彼の霊の耳はついに神の子の声を聞きました。「すると、その人はすぐに良くなって、床を担いで歩き出した。」まるでバネ仕掛けの人形のように男は飛び上がり、床を担いで歩き出したのです。私たちも、いま大きな一歩を踏み出しましょう。 「死んだ者が神の子の声を聞く時が来る。今やその時である。その声を聞いた者は生きる。」 今週は火曜日から家庭集会が続いています。集ってくださるみなさんに感謝。