My life is my message
昨日の話の続きですが、Facebookに「秋田はクリスチャン人口比が高いという」コメントが付いていました。
以前、Aさんから「米国宣教師婦人が見た一世紀前の秋田」という冊子をお借りして読んだことがあります。
日本が開国に向かう時代、ガルストという宣教師が秋田で宣教を始めましたが、その婦人の手記です。
当時、多くのプロテスタント教会の宣教師が日本に来て、都市部での宣教は進んでいました。
ガルストはまだ誰も宣教師が出かけていなかった秋田を宣教の地として選びます。
秋田での伝道は予想をはるかに超えて厳しく、同僚のスミス師は愛娘を病気で失っています。
それでは彼らは東北に留まり、伝道を続けたのです。
彼らは教会を建て、福音を語るかたわら、子どもたちの成長のために乳牛を飼うことを教え、
そのえさのためにクローバーの種を蒔きました。
秋田で山羊や乳牛が計画的に飼われるようになり、その飼料としてクローバーを植えるという牧畜スタイルは
ガルストが地元の人々に教えたものでした。
そんな彼らの働きを通して、秋田にも、山形にも、福島にも教会が建てられて行ったそうです。
Aさんのこどもの時代というのは、ガルストよりずっと後になりますが、
当時も教会には外国の宣教師の先生がいたという話を聞きました。
今回は、そういう時代に蒔かれた愛の実りを刈り取らせていただいたということです。
感謝。栄光は主に。
ガルスト宣教師は日本で亡くなりますが、臨終に際して婦人から「何か遺言は」と聞かれ、次のように答えます。
「My life is my message(私の生涯が私の遺言です。)」
私も遺言になるような生き方ができますように。
明日は礼拝、御言葉を待ち望みつつ。