土の器

宮本牧師のブログ

人にあらず

先日の礼拝で、日本で最初の音楽伝道者と言われる三谷種吉先生のことを少しだけ紹介しました。 有名な「神はひとりごを」や「ただ信ぜよ」は三谷先生によるもので、多くの人に今も愛されています。 どちらもキリストに対するストレートでシンプルな信仰が歌われていますが、きっと先生の信仰の証なのでしょう。 「神はひとりごを」は私も大好きな賛美歌で、礼拝でもよく歌います。 2節の「罪をば犯して神に背き 敵せし我さえなお愛したもう」と歌うとき、この賛美は私自身の証になります。 三谷先生の息子さんがこんな逸話を紹介しています。(「日本で最初の音楽伝道者・三谷種吉」いのちのことば社) 父が献身したころの賛美歌の歌詞は、ほとんどが神の愛や、真善美を、花鳥風月にたとえて奥ゆかしい美文調で表現されていました。ところが父の作詞したものは、そのどれにも共通してストレートで明快、斬新というか当時としては荒削りと言っていいほどの言い回しが見られます。たとえば「ただ信ぜよ」「見ゆるところによらずして」「流したまいし」等です。当時は信仰を知的に理解するよりも、直接心に訴える聖霊の働きを強調するバックストン師の影響が強かったので、父の賛美歌も当然それを反映していたのでしょう。 松江で伝道していた頃の作詞「神はひとりごを」などは、ことにそうだったと思います。この曲の4節は、もともと「かくまでゆかしき神の愛に なお感ぜぬものは人にあらじ」という歌詞でした。・・・1967年に発刊の「讃美歌第二編」を編纂する際、「神はひとりごを」を讃美歌の古典として載せてくださいました。ところが、版を重ねる中で問題になったのがこの4節でした。讃美歌委員会の中から、「この歌詞は人をさばいている。傲慢の最たるものだ」という声が出て、結局削除することになったそうです。・・・たしかに父は「人にあらず」なんて書いたのですから、どぎつすぎて抵抗を感じる方がおられても無理はないと思いました。 しかし父は、人をさばくつもりなど毛頭ありませんでした。父自身が圧倒的な神様の御愛に打ちのめされ、「私がこの神の愛を感じ取れないとしたら、人間以下である」と痛感し、それが言葉となってほとばしり出たのです。人一倍感受性が強かった父の性格を知っている私には、そんな心中がよくわかります。その証拠に、「汚れ果てし、我さえ愛したも・・・」とはっきりと自分をさして告白しています。 今日から7月です。暑いシーズンを迎えますが、神様の祝福がありますように。